ぽらーのカフェ
夢のはじまり・・・生協ものがたり
vol.7 終戦直後の混乱の中で

  
さて…と。長々とたどってきた生協物語も後半です。
 あったかいコーヒーでも飲みながら話をつづけましょう。


 戦争によってちりぢりになってしまった生協は、戦後の混乱期に意外にも復活します。
GHQ(連合軍総司令部)によって軍と警察の抑圧から解放された国民が、生活と権利を奪い返すために動き始めたのです
 
 それは、「食べたい」という切実な欲求でもありました。戦後数ヶ月の間に、生協はまるで雨後のタケノコのように発生しました。この時の生協は町内会単位の「買出し生協」。とにかく食糧を手に入れる、それが人々の一番の目的でした。

 ヤミ市に手が届かない庶民の頼るものはこのような生協しかなかったからです。
終戦から一年後には全国で300組合が組織され、130万人が組合員となりました。
 
 また、このころの生協のもう一つの特徴は、
運営や活動への主婦の参加がグンと進んだことです。地域生協だから、町内会的なノリで話がはずんだのでしょうね。
各地で映画や音楽の集いが開かれたことからは、苦しい生活の中でも希望を忘れたくないという女性たちの思いが感じられます。
 
 男性も女性も食べるために必死で働いた時代、働く女性のための支援にも主婦の力が結集されました。初めての託児施設、惣菜事業などが起こったのもこの頃でした。
 しかし、終戦後3〜4年が過ぎると一年に50%という信じられないほどのインフレの波が襲ってきました。モノを売って得た資金で次の仕入れができないという状況です。
社会は不況に陥り、たちまち中小企業は倒産、大企業・行政さえもが人員整理を行いました。

街頭には数十万人の労働者が放り出されました。


 生協もまた例外ではありませんでした。
町内会単位の小さな生協は不況の中で持ちこたえることができず、多くが姿を消していったのです。

                        自然派くらぶ生協 機関紙 「ぽらーの」 より
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