| ぽらーのカフェ 夢のはじまり・・・生協ものがたり |
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| vol.4 |
信頼と良心の泉 |
| ようやく産声をあげた生協。それはどんな風に運営されていたのでしょう。今回はその姿を追います。 ひどく貧しい暮らしをしていた労働者が多かった当時のロッチデイル。生協はきっとそんな弱い労働者の味方だったのだろう……と思いきや、どうもそればかりではなかったようです。 ほら、オウエンが提唱したのは「万人の幸福」だったでしょ? そう、万人には消費者も生産者も含まれていたのですよ。消費者にとっても生産者にとっても公正であること。つまり生協の求めたそれは、公正な値段による取引だったのです。 実際に、街の市場で野菜の値段が上がれば、生協でも同じ程度に値段を上げ、逆に街の値段が暴落したような場合には、断固として「公正な=適正な」値段を守り通したのでした。 |
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| 一方で生協は組合員の教育にとても力を入れていました。 知識がないために利用されたり、騙されたりしていては幸せにはなれませんものね。知性と知識を身に付けて自分で判断して生きていくことは、究極の満足につながると考えていたからです。 (うん、これって、子どもに「どうして勉強するの?」って聞かれたときにいいかも?) |
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| 店舗に新聞閲覧室や図書室を作り、皆が勉強熱心だった生協はまた、民主的な組織であることを重んじ、何でも話し合い、納得しあいながら運営していました。そこには上からの命令、上への忠誠は存在せず、組合員は自分自身への、あるいは仲間への誠実さ・正直さによって行動していました。すべてがオープンだった生協。だから、安心と信頼とが組合員をつないでいたのです。 ◆ ◆ ◆ ずっと昔の出来事なのに、今の私たちにも思い当たることがたくさんあってビックリです。それは多分、生協運動が人間らしさを尊重した民主主義に基づいていて、今も昔も変わらない「良心」を大切にしていたから……だと思いませんか? 自然派くらぶ生協 機関紙 「ぽらーの」 より |
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